全羅南道(麗水市 )

万聖里(マンソンニ)黒砂海岸(万聖里海水浴場)は、麗水駅から海岸道路を北に3kmほど行ったところにあるため、交通の便が便利です。長さ540m、幅25mほどの砂浜と平均水温が25℃とあたたかく、海水浴には最適な場所です。特に、ここの砂浜に広がる黒い砂は、遠赤外線の放射熱が毛細血管を広げ血液の循環を助け汗の分泌を促してくれるといいます。そのため、神経痛や各種婦人病に効果があると言われています。効能がピークに達する毎年旧暦4月20日(新暦5月下旬~6月上旬)には、黒い砂チムジルハンマダンが開かれます。海岸の周辺には各種便宜施設がよく備えられています。


慶尚北道(蔚珍郡 )

総延長472メートル聖留窟(ソンリュグル)は天然記念物第155号に指定された天然石灰岩の洞窟です。本来の名称は仙遊窟で、仙人が遊ぶほど美しいということからつきました。壬辰倭乱(1592-1598年まで2回にわたりおきた日本との戦争)の時に洞窟の前にあった聖留寺が焼失したのですが、このとき寺院内の仏像を洞窟の中に移しました。それ以後、仏様がいらっしゃるところして聖留窟と呼ばれるようになりました。洞窟の内部には12の広場のほか、5つの蓮の花をはじめとしたさまざまな鍾乳石と石筍があります。大きい広場は幅18メートル、長さ25メートル、高さ18メートルにもなります。温度は常に15-17度ほどに保たれています。


江原道(寧越郡)

朝鮮王朝500年の中で一番悲しい歴史を持つ第6代王の端宗(1441∼1457)は、 12歳の若さで王座につきましたが、叔父の首陽大君(世祖)に王位を簒奪されました。その後、寧越の清冷浦に流刑になり、觀風軒で毒薬を食して17年の短い人生に幕を閉じました。 寧越の人たちは、この歴史の化身である端宗の彷徨う魂と忠臣たちの魂を慰労するために 端宗文化祭を毎年開催しました。1967年に始まり今年で44回目を迎える歴史と伝統を誇る祭りの端宗文化祭は、全国で唯一の王陵で祭祀をあげる行事で、端宗の魂が眠る 荘陵、觀風軒、東江際で開催されます。 2007年に端宗崩御550年として初めて行われた「端宗国葬」は、寧越郡だけの独自の文化コンテンツとしてブランド化し、全国的な文化行事を発展させるために専門家の徹底した考証を経た国葬を準備しています。


全羅南道(順天市 )

曹渓山の北側の麓に位置する松広寺は陜川海印寺、梁山通度寺と共に、韓国の三宝寺刹と呼ばれています。松広寺の起源は新羅時代末期に 慧璘禅師が小さな寺を建て吉祥寺と呼んだことにさかのぼります。その後、普照国師知訥が定慧結社をここに移し、松広寺修道と座禅の道場として修行寺となりました。そして知訥をはじめとする16人の国師を輩出しました。また、木造文化財の多い松広寺は境内に約80棟の建物があります。16人の国師の真影を奉安する国師殿などの国宝3点、下舎堂、薬師殿、霊山殿などの宝物13点、天然記念物である双香樹などの国家文化財17点、慈靜国師舍利蓋などの指定文化財10点の合計27点の文化財が保存されています。大雄伝を中心に左右に僧宝殿と地蔵殿があり、荘厳な雰囲気を醸し出しています。*松広寺の3つ名物(1)萩の櫃: 大きな萩の枯れ木の中を掘って作った巨大なお櫃で、一度に4000人分のご飯を入れらる大きさ。(2)能見難思:精進料理を入れる器の一種で、 手工芸で精巧に作られたもの。(3)双香樹: 普照国師知訥と唐の湛堂王子が松広寺天子庵に着き、持っていた杖をついた所から芽が出たと言われています。高さ12m、樹齢800年になり、木全体が大きく曲がっているのが特徴です。


大田広域市(儒城区)

鎮岑郷校は1405年に賢儒の位牌を安置、配享し地方民の教育と教化のために創建されたといわれています。現存する建物として大成殿などがあり、五聖、宋朝六賢など韓国の十八賢の位牌を安置しています。朝鮮時代には国家から土地と典籍、労賃などが支給され、教官1人が30人程の生徒を教えていましたが甲午改革以後、新学制実施によって教育的機能はなくなり、現在は春と秋に釋奠を挙行し、1日と15日に焼香を行っています。この郷校の大成殿は大田広域市文化財資料第6号に指定されており、現在、郷校の運営は典校1人と掌議数名が担当しています。


忠清北道(丹陽郡 )

*三国時代の戦略的な要衝の地、赤城山城* 丹陽城在山にある石を積んで造られた山城で、1979年8月1日に史跡第265号に指定されました。周囲が約900mで大部分が崩壊されてしまい、北東側の内側の一部のみ残っています。城門は南西側、東側、南東側に3ヶ所で発見されました。城内には赤城碑があります。高麗軍が占領していたものを新羅軍が奪い、北進製作の前哨基地を構築した場所です。  *赤城山城の歴史的の意義* 1978年、城内で赤城碑が発見され、これによると新羅と高句麗の勢力関係の変動を知ることができます。碑石以外に三国時代の土器の破片と瓦の破片も発見され、高麗時代の遺物もあり、高麗後期まで今日の丹陽地方を治めてきた邑城の役目をしてきたことがわかります。城内には新羅および百済の土器のかけらや高麗朝の青磁のかけらなども発見されました。築城方法がとてもしっかりしており、新羅の築城術を研究するのに貴重な資料として評価されています。


江原道(橫城郡 )

江原道横城郡のスリ峰一帯、6,600平方メートルの広大な土地に造成されたウェリーヒリーパークは、自然の中で人間が活動するのに最適な心肺機能と活動性が保てる海抜540mの高さに立地しており、宿泊施設、娯楽施設、スキー場、ゴルフ場、各種教育文化施設の他に、様々な施設を備えた総合休養タウンです。雉岳山国立公園、五台山国立公園などが近くにあり、美しい自然に恵まれたリゾート施設です。


ソウル(鍾路区) , 仁寺洞・鍾路

この店はソウル特別市のトンデムンに位置した韓食専門店です。中国人シェフが調理する飲食店です。代表的なメニューは冷麺です。


慶尚北道(鬱陵郡)

 竹岩(チュガム)モントル海水浴場(ヘスヨクチャン)鬱陵島には砂浜の海水浴場はありません。鬱陵道の海辺は岩壁なので、海水浴場には玉砂利が広がっており、規模も小さめです。しかし水はとても透明で美しい景色に囲まれています。とりわけ竹岩モントル海水浴場は周辺に三仙岩や観音島といった鬱陵島でも指折りの海の名所があり、鬱陵島で最も美しい海水浴場として知られています。  


釜山広域市(釜山鎮区)

釜山広域市のブサンジン区に位置した韓食です。代表的なメニューは豚肉クッパです。50年の伝統を誇るテジクッパ専門店です。