仁川(江華郡) , 江華島

伝燈寺(チョンドゥンサ)は、江華島の南側、鼎足山に位置する千年古刹です。高句麗の阿道和尚が建てたと伝えられており、高麗の忠烈王(在位:1274-1308)の貞和王妃が仏殿に玉燈を献納して以来、伝燈寺と呼ぶようになりました。 伝燈寺は大雄殿(宝物第178号)と薬師殿(宝物第179号)をはじめとし、見どころの多い寺です。特に、大雄殿には他の寺では見られない珍しい彫刻があります。軒下の裸体女人像と柱の上の人物彫刻がそうです。この人物彫刻には伝説があります。昔、大雄殿を建てる時に棟梁がふもと町の酒場の女性に心を奪われ、稼いだ金を女性に全部やったのに逃げられました。それで棟梁は病気になり、その仕返しに女性の裸の姿を徹夜で彫って、重い軒を支えさせたということです。 もう一つの見どころである薬師殿は、建物の中の彫刻が美しいことで有名です。天井は井の字型に設計し、その周りは豪華な彫刻と彩色を加え、蓮の花や飛天などが彫られています。寺の庭には中国、宋の国の梵鐘があります。全体の高さ1.6m、口径1mほどの小ぢんまりした鐘です。 伝燈寺は境内だけでなく、周囲の景観が美しいことで有名です。特に海が見下ろせる伝燈寺での朝夕の景色はたいへん壮観で、ここからの日の出は全国的に有名です。また、竹林茶院という喫茶店がありますので、疲れたときはここでちょっと一休みしてみるのもいいでしょう。


済州道(済州市 ) , 구 제주


江原道(江陵市) , 江陵

サンクルーズリゾートは海岸絶壁に造られた遊覧船型の宿泊施設です。周辺には椰子の木が植えられており、1,500坪の人工湖も造成されています。リゾート内には約30点の彫刻がある彫刻公園や250点のチャンスンがあるチャンスン公園などがあります。


全羅北道(群山市 )

鎮浦海洋テーマ公園は高麗時代末の崔茂宣将軍が艦砲を作って日本軍の船を500隻以上撃退した鎮浦対戦を記念するため、2008年にオープンした海洋公園です。港湾のある広い海を背景に、現在は使われていない軍隊の装備13種類16台をみることができます。ベトナム戦争などに導入されたウィボンハム(軍艦)をはじめとして海軍艦艇、装甲車、自走砲、戦闘機など国を守るために最前線で活躍していた陸・海・空軍の装備が展示されています。軍装備の内部に入って実際に施設を見ることができます。ウィボンハムの内部には鎮浦対戦の模型と当時使われていた武器、崔茂宣将軍が作った火砲の話や軍艦兵営の生活体験などを展示してある体験があります。


慶尚南道(統営市 )

李舜臣公園は、マンイル峰の麓にある公園です。2008年2月1日から閑山大捷記念公園が李舜臣公園に変わり、公園内には李舜臣将軍の銅像や、展望デッキ、伝統文化館、芝生広場などがあります。


慶尚南道(統営市 )

400年の伝統を受け継いできた螺鈿漆器の本場・慶尚南道統営にある「漆美術館(Ottchil Art Museum/トンヨンオッチルミスルグァン)」。 先史時代以降、数千年の間、受け継がれてきた千年の神秘「彩画漆器」と「螺鈿漆器」は、この地に深く根付いた伝統芸術です。世界的に広く知られる高麗時代の国宝級の螺鈿漆器は民族芸術へと昇華し、朝鮮時代に民衆芸術として発達しました。漆美術館は漆を主な材料として制作された生活工芸品、芸術作品である現代漆芸作品や漆造形作品などを展示している他、作品鑑賞を通じて韓国の独特な美を再発見し、差別化された楽しさを感じられるよう、教育の場としても活用されています。


慶尚北道(安東市 )

《韓国固有の味が感じられる安東河回味噌村》 安東河回味噌村は、安東市豊川面河回里にある河回村と屏山書院との分かれ道に位置しています。この村は河回仮面や柳成龍で有名なところで、味噌の深い味わいを継承し続けています。 休業日  年中無休 所要時間  1時間前後 入場料  無料 利用可能施設  展示場 トイレ  あり


済州道(済州市 ) , 구 제주

三陽黒砂海岸は観光客達にあまり知られていない場所で、相対的に閑散としていますが水がとても綺麗です。キラキラと光る黒い砂が特徴です。この砂は神経痛と肥満に良いとされており、毎年夏になると暑い砂を体にかけて砂風呂を体験する観光客達の姿が見られます。


釜山広域市(影島区)

釜山広域市影島区8景の1つで、絶影島南端の海岸側に突き出た小さな広場です。1975年度に造成されたため、75広場と呼ばれています。


慶尚北道(慶州市 )

谷川のふちの岩の上に位置する鮑石亭(ポソクジョン-面積 7,432㎡)は1963年1月21日に史跡第1号に指定されました。新羅(57B.C.~A.D.935)時代に別宮があった場所で、今では、アワビの形をした石造水路だけが残されています。石溝の形をした曲がりくねったアワビの貝殻に似ていることから、鮑石亭と名付けられました。 鮑石亭は63個の石材で組立られており、大きさは幅35cm、深さ平均26cm、長さが10mほどになります。南山溪谷から流れる水を鮑石亭に引いて石の亀を通して流れるようにしたと記録にはありますが 現在は残っていません。新羅の王がよく君臣や貴族を率いて遊びに来た場所で、石溝に沿って流れる水に杯を浮かべ、その杯が自分の前に来る前に詩を作りながら過ごした場所として知られています。鮑石亭横の南山の鮑石溪谷は、澄んだ渓谷水が流れており、新羅時代から景観の美しい場所として人々に愛されてきました。現在も樹齢数百年になるケヤキや松、竹林が立ち並ぶ壮麗な景色が広がります。