江原道(高城郡)

花津浦(ファジンポ)海岸から草島港(チョドハン)、草島海水浴場を経て、北へおよそ2kmほど進むと、韓国で最も北にある大津港(テジンハン)の港が見えてきます。 この大津港は北緯38度30分、つまり38度線以北にある地域です。この北緯は、韓国の地図で言えば、韓半島の西側にある西海(ソヘ)の北端にある白翎島(ペンニョンド)よりもさらに50kmほど北に位置しています。


全羅北道(群山市 )

京岩洞(キョンアムドン)線路村(チョルキルマウル)は、現在の全羅北道(チョルラプクド)群山市(クンサンシ)京岩洞に1944年操業開始した「北鮮製紙化学工業」(現・ペーパーコリア)の新たな工場と旧・群山駅を結ぶおよそ2.5kmの線路沿いの町を総称した名前です。この町がある行政区域名から京岩洞線路村と呼ぶようになりました。 日帝強占期(1910~1945年)末期の1944年に敷設されたこの工場引込線周辺には工場稼動とともに次第に人々が集まりはじめ、1970年代になると本格的に町が形成されていきました。 京岩洞のこの線路は日帝強占期末期の1944年、新聞用紙の原材料を製紙工場に運び込むために敷設された工場専用引込線で、1950年代中盤までは「北鮮製紙鉄道」と呼ばれていました。1970年代初めまでは「高麗製紙鉄道」、その後は「世大(セデ)製紙線」あるいは「世豊(セプン)鉄道」と呼ばれていましたが、世豊グループの倒産により新たに買収・継続会社となった会社の名前を取って「ペーパーコリア線」と呼ばれ、現在では元々あった工場も移転し廃線となっています。  


ソウル(冠岳区)

国立ソウル大学校冠岳キャンパス脇の冠岳山登山道に入ると、すぐ右手に野生花学習場が見えてきます。珍しい花々の写真を撮ったり、プレートに表示された花の名前を覚えたりしていつもとは違った憩いのひと時を過ごせます。登山道とソウル大キャンパスとの間を流れる川の上流方向1kmほどに続く区間には大人の腰ぐらいまで水深のある「自然型プール」や自然学習場などがあり、またおよそ1,000平方メートルほどの広さを誇る休息スペースにはジャガイモ、ナスなど19種類の農作物やセンノウ、イブキジャコウソウなど1,630本の草花が植えられ、その風景はいかにも韓国の農村のような光景です。5月末から6月には薔薇農園でバラ五感体験もできます。


江原道(原州市)

江原道(カンウォンド)原州市(ウォンジュシ)文幕邑(ムンマクウプ)にある磻渓里(パンゲリ)イチョウの木は1964年1月31日に天然記念物第167号に指定されました。 樹齢は正確には不明ですが、およそ樹齢800年を超えると推定されています。 銀杏の木の高さはおよそ33m、幹周りは約16m、根元の周囲は約14mで、枝は東西方向に37.5m、南北方向に31mと大きく枝を広げて立っています。 言い伝えによれば諸説あり、このイチョウの木はその昔、星州李氏(ソンジュ・イシ)の先祖のひとりが植えたものとも言われ、また別の言い伝えでは道を通りすがる著名な僧・国師がここで水を飲み、持っていた杖を刺して立ち去ったところ、この杖がとても大きな木になったとも言われています。 またこのイチョウの木の中には白蛇が住んでおり、いまのいままで木が傷付かずに大木に成長したとも言われています。 またこのイチョウの木を神聖なものとしてこの土地の人々は捉えており、秋に一気に色づくとその年は豊作になるという言い伝えが残っています。長い歳月を経て均整がとれた大木に成長したこのイチョウの木はイチョウの中でも最も美しい木として人々に知られています。


全羅北道(益山市 )

登録文化財第211号 益山 春浦里 旧日本人(細川)農場家屋 益山春浦里 旧日本人(細川)農場家屋は、全羅北道(チョルラプクド)益山市(イクサンシ)春浦面(チュンポミョン)春浦里にある日本人が所有していた旧農場の家屋です。 この農場家屋は2005年11月11日に登録文化財第211号に指定され、現在ではアン・サムギル氏の所有となっています。益山春浦里旧日本人農場家屋は1940年代に農場内に建てられた二階建ての木造家屋です。 建築面積106.78平方メートルの日本式の木造家屋で、全羅北道地域を代表する大規模農場・細川農場内にあった建物です。当時のこの建物は細川護熙元日本国内閣総理大臣の祖父・細川護立が所有しており、日本人の小作管理人が住んでいました。全羅北道が農業収奪地域であった当時の春浦の状況が垣間見れる建物となっています。 建物1階は正方形に近い平面となっており、「フ」の字型となった廊下に沿って部屋が配置されています。2階には外の景色が眺められるようバルコニーのように突出した作りの部分もあり、特徴的な外観となっています。 建物の屋根は日本式の瓦屋根葺きの入母屋屋根となっており、外壁は板張りとなっています。 建物内部はその後韓国人が居住しリモデリングされましたが、現在は空き家となっています。 玄関に入ると、すぐ2階へ上がる階段があります。階段の真横には廊下があります。1階は建築当時は畳部屋となっていましたが、その後オンドル部屋となり、また仕切り壁も取っ払われるなど大規模な改築がなされました。 しかし、2階部分は建築当時の広々とした畳部屋が残っており、また押入れや床の間も当時そのままに残っています。部屋の手前にはバルコニーのような空間があり、鉄製の欄干を設けています。 益山春浦里旧日本人農場家屋は当時のこの地域の近現代史の一端を垣間見ることができる建物で、一部修理や改築は行われましたが、全体的には原型を留め、郷土史的、居住史的、建築的観点からも重要な価値を持つ建物と言えます。


江原道(鉄原郡)

江原道鉄原郡(チョロングン)金化邑(キムファウプ)生昌里(センチャンニ)にあるDMZ生態平和公園は、環境部、国防部(陸軍3師団)と鉄原郡が協定を締結し、戦争・平和・自然が共存するDMZ(非武装地帯)の象徴的メッセージを知らしめようと作られた公園です。 休戦からおよそ60年間、民間人に閉ざされてきたありのままの生態系を直接体験できるよう探訪コースを新設、韓国国内だけでなく外国人の方にも大変好評を得ています。


江原道(三陟市)

第25回バルセロナオリンピックマラソン競技で優勝した三陟(サムチョク)出身の黄永祚(ファン・ヨンジョ)選手の生い立ちや優勝の感激を讃え、未来を担う若者達に勇気と夢を与える施設として造成された公園です。 ※公園 11,650平方メートル ※記念館 987平方メートル(展示館-1階、2階) ※象徴造形物-銅像 ※屋外施設-都鍾煥詩碑、五輪花壇、モンジュイックの丘


全羅南道(海南郡 )

韓国の南西部・全羅南道(チョルラナムド)海南郡(ヘナムグン)海南邑(ヘナムウプ)からおよそ25㎞ほど離れた海南(ヘナム)東海(トンへ)キムチ村は、頭輪山(トゥリュンサン)山麓にあり、自然の姿そのままを残した村。 昔ながらの石塀の道、綺麗な海、広々とした野原、村の入口から見える貯水池に至るまで大変よく整備されており、季節ごとに特色ある体験が可能で大変楽しい場所となっています。 周辺には康津(カンジン)の青磁観光地、タンクッ(地の果て)観光地、莞島(ワンド)など多くの観光地があり、村の体験プログラムのみならず、テーマ観光地として脚光を浴びている村です。


慶尚北道(金泉市 )

慶尚北道、金泉に2010年6月19日にオープンした東洋最大規模の化石博物館である「インドン化石博物館」は、室内外の展示室に隕石、花、果物、動物、木、貝などの化石だけでなく、今まで見ることすらできなかった最大化石やさまざまな化石、柱状節理(主に溶岩が固まってできた化石で断面が長い六角形または三角形で長い柱の形をしているもの)他にも水中生態館、モンゴル体験館、貴重な寿石や庭園石など多様な見どころがあります。 化石は、インドネシア、マレーシア、中国、ブラジルなどを始め世界各国で発掘されたもので、その中に600トンにおよぶ柱状節理や長さ55mの木の化石が展示され、地域の観光名所となることが期待されています。 この「インドン化石博物館」は、野外展示場もあり化石を単純に目で楽しむだけでなく、実際に触って体験できるようになっています。またすべての建築物は、木材を使用しているため自然にやさしく観覧客が気軽に過ごせるように配慮され、池をはさんだ庭園の横にはお茶を飲みながら話ができるスペースが用意され、さらに良い環境になっています。