京畿道(坡州市 ) , 坡州(ヘイリ村)

韓国の美容文化のツアープログラムとして開発された「スキンアニバーサリー・ビューティータウン」は、様々な美容文化の体験ができるスポットです。ビューティータウンとしては世界最大の規模を持ち、2000人以上を同時に収容できる施設を持っています。ビューティータウンの美容体験プログラムは完全予約制となっており、韓国ならではのフェイシャルマッサージスキンケアプログラム、韓流スターのメイクアップを真似ることができるメイクアップ演出、絵の中の主人公になれるトリックアート写真体験、美肌メニューでいっぱいのバイキングレストランなど、様々な韓国の美容文化を合理的な費用で楽しむことができます。


ソウル(龍山区) , 梨泰院・龍山

国立ハングル博物館は韓国の代表的な文化遺産であるハングルの歴史と価値をわかりやすく説明した展示や体験、また学問の機会を提供する博物館です。地下1階及び地上3階の建物には文化行事、展示、教育などが可能な野外芝生広場と憩いの場があります。1階にはハングルヌリ(図書館)があり、2階は常設ショールームとハングル文化商品ショップや喫茶店、3階は企画ショールーム、子供のためのハングル遊び場、外国人のためのハングル学習の場などで構成されています。


京畿道(坡州市 ) , 坡州(ヘイリ村)

世界民俗楽器博物館は国内で最初の世界の民俗楽器を集めた専門博物館です。アフリカの打楽器やイスラム、北東アジア、南太平洋に浮かぶ島など約70ヶ国500点以上の楽器を保有しています。ここでは楽器を見て実際に触って演奏することができばかりでなく、楽器を深く学ぶことができる文化芸術体験の空間でもあります。また、地域文化の理解を助けるために各地域の伝統的な衣装を着た人形や絵画などが並んでいます。


済州道(済州市 ) , 済州東部

サングムブリは、周囲が2kmを超える噴火口で、天然記念物に指定されています。噴火口の直径は650メートル、深さ100メートル、周囲が2,070メートルにも達します。サングムブリを空から眺めると、人工的に造られた円形運動場のように見えます。植物の種類が多様で、北側は暖帯性の樹木(アカガシ、ホオノキなど)と希少植物のフユイチゴが生えています。噴火口の南側の斜面には温帯林の代表的な樹木(アカシデ、カエデなど)が森をつくっています。限定された空間である噴火口の中に、それぞれ違う性質の樹木が共存しており、学術的にも注目を集めています。サングムブリでは石で作られた入口と壁、噴火口などが見どころです。


済州道(済州市 ) , 구 제주

空港から15分の距離の済州市 タップドン海岸際に位置しており、済州市の前に広がる海の展望が良いホテルです。夏には、夜間海辺散策コースで有名な海辺公園ならびに済州港の防波堤とさしみ屋街一帯がすぐに隣接しています。このホテルの外国人専用カジノは地下1階にあり、ここでは Black Jack, Loulette, Daisai, Baccarat などの多様なゲームが備えられています。


大田広域市(東区)

尤庵史跡公園(ウアムサジョクコンウォン)は朝鮮末期の大儒学者である尤庵・宋時烈(ソン・シヨル / 1607~1689)が学問を修めた場所で、1991年から1997年まで蔵板閣、遺物館、書院などの建物を再現し、1998年4月17日に史跡公園として新しくオープンしました。ここには宋時烈が晩年に弟子を教え、学問に精進した「南澗精舎」や、建築美が素晴らしい「杞菊亭」、宋時烈の文集である『宋子大全板』など、歴史的に重要な文化財が保全されています。また、尤庵史跡公園は隅々までよく整えられているため、市民たちの憩いのスペースとなっています。


京畿道(楊平郡) , 楊平

中央線「龍門駅」から東北方向に約9km程離れた龍門山中腹にある龍門寺は、新羅神徳王2年(913)に大鏡大師によって建てられました。世宗大王の時代に再建され、二体の仏像と八体の菩薩像がまつられています。韓国戦争の際、破壊された箇所も沢山ありましたが、現在は補修し大雄殿と鍾樓など三つの付属施設や庭には樹齢1,100年、高さ60m、周囲が14mもある東洋で一番大きなイチョウの木が天然記念物第30号に指定、保護されています。言い伝えによると、このイチョウの木は、新羅の麻衣太子が国を失った悲しみを胸に金剛山に行く途中に植えたものであるとも言われており、新羅の高僧・義湘大師が使っていた杖を立てさしたところ根がはってこのように成長したこととも言われています。龍門寺から渓谷に沿って2km登ると中腹に龍の角に似た龍閣岩があり、そこから1kmさらに登ると100人ほどが座って休むことができるマダン岩という大きな岩があります。また龍門寺には遊園地もあります。


ソウル(城北区) , 大学路・城北洞

貞陵(ジョンヌン)は、朝鮮を建国した太祖の第2夫人の陵。他の陵に比べ小規模で豪華でもなかったためきちんと保存もされていませんでしたが、その理由は朝鮮時代の王位争いによるものとされています。当時王には何人かの夫人がいて、後継ぎも決して少ない方ではありませんでした。王の崩御後は第1夫人の長男が継ぐのが普通ですが、王の座に就こうとその子ども達が争いを始め第2夫人が自分の息子を王位に就かせましたこれに対し太宗は第2婦人に対する憎しみを燃やし、自分が王座についた後その墓を手入れできないようにしてしまったのです。全体的な作りは他の陵と同ですが、貞陵はこのような理由によって他の陵に比べ粗末なものとなっています。また他の陵と違う点として、紅門と丁字閣を結ぶ線は普通直線ですが貞陵は直角であり、これを見てもこの陵が冷遇されていたということが分かります。しかし今では家族や恋人たちが訪れ、散歩のコースとして人気。周囲の木々も美しく静かな雰囲気が都会の喧騒をしばし忘れさせてくれます。また管理事務所前の左側の道に沿ってしばらく行くと樹齢300年のけやきもあり見所となっています。


大田広域市(儒城区)

* 神仙の住むお寺「慈光寺」*鶴下洞は鶴が降りてくる村、神仙が舞い降り住む場所という由来から名づけられたとされています。慈光寺に入ると尤庵・宋時烈が植えた樹齢300年の大木が現れます。左側には星田影堂地碑石があり、星田は「星の田」、つまり星を観察できる場所という意味で、この一帯を星田または聖殿と呼んだとされています。この場所に宋時烈による書堂が建てられたことを記念し、碑石が建てられました。その横にはコイが悠々と泳ぎ回る蓮池があり、右側には法堂があり、正面には竹の敷居の中に井戸やトイレが置かれています。蓮池のコイに餌をやり、石の階段を上がると、仏教用楽器の法鼓・雲版・木魚・法鐘が順番に置かれています。


慶尚南道(金海市 )

伽倻の成立と展開を解明するのに最も適した遺跡、大成洞古墳群 大成洞遺跡は伽倻の建国説話が込められた亀旨峰と金海貝塚で有名な会峴里貝塚の中央に位置し、東方には金首露王陵が隣接しています。公設運動場の北後方にある標高22.6mの「ウェッコジ」と呼ばれる丘陵を中心に形成されています。この遺跡は慶星大学博物館で1990年から1992年まで3度にわたる発掘調査をした結果、金官伽倻支配者集団の共用墓地であったことが判明しました。立地条件がいい丘陵の稜線部には王の墓とこれに相応する支配者の墓があり、傾斜面には身分が低い者の墓が形成されていました。   大成洞古墳の歴史的意味 調査された墓は全136基で、種類は木棺墓、木槨墓、甕棺墓、石槨墓、橫穴橫口式の石室墓です。この中で木棺墓が墓祭の主流でした。丘陵の稜線部に形成された大型の木槨墓は埋葬主体部の大きさと副葬された遺物の量と質から見て、3世紀後半~5世紀前半にかけて形成された金官伽倻支配者たちの墓であると推測され、特にこの遺跡の大型木槨墓の調査を通して重要な事実が明らかになりました。3世紀末に初めて人と馬を殉葬し武器を副葬する習慣とともに、騎馬用の鉄製の鎧と兜、北方遊牧民族的な墓祭、馬具類、陶質土器、銅復など北方遊牧民族の習慣が反映された遺物が多く出土されたという事実です。それと、筒形銅器、巴形銅器、各種碧玉製の石製品など古代日本との交流の実態を究明することができる物が出土されたことです。このようなことから、大成洞遺跡は伽倻の成立と展開、性格、政治や社会構造を解明するのに最も適した遺跡だと言えます。