釜山 松島海上ケーブルカー(부산 송도해상케이블카)
 
釜山広域市(西区) ,
松島(ソンド)海水浴場にある松島海上ケーブルカーは韓国第1号の公設海水浴場・松島海水浴場のかつての名声を取り戻すべく、2017年、29年ぶりに復活したロープウェイです。 釜山エアクルーズは、海水浴場東にある松林公園(ソンニムコンウォン)からに海水浴場西の岩南(アムナム)公園までの1.62kmの間をゴンドラの床が透明なクリスタルキャビンを含む最新機種のキャビン39機で運行しています 特に海上を横切るコースとなっていることから、ゴンドラからは釜山松島一帯の素晴らしい風景をお楽しみいただけます。 このほかにも韓国初のケーブルカーミュージアム「松島ドッペルマイヤーワールド」、アジア初の空中ブランコ「スカイスイング」、テーマパークフォトサービスなど、さまざまなテーマ施設や見どころがいっぱいあります。  

ヒリオンスソンマウル
 
江原道(洪川郡) ,
江原道洪川にある'ヒリオンスソンマウル'は、自然に恵まれた環境の中で健康で正しい生活習慣を学び体験できる複合休養施設です。'ヒリオンスソンマウル(Healience)’は‘Health Science, Healing Experience’の合成語です。すなわち、健康関連の教育と体験プログラムを通して間違った食生活、その他の生活習慣を見直し正しい生活習慣のアドバイスをしてくれる韓国初のTotal Wellness Centerです。 ヒリオンスマウルは標高250mの山のふもとに位置していて全部で7棟の宿所(客室)で構成され、全ての建物は地熱、太陽熱などの環境によいエネルギーシステムを基盤につくられています。客室内すべての物品もまた環境に優しいものを使用しています。ソンマウルの入口付近には、顧客支援センターと健康関連測定室、フィットネスルーム、スパ、講義室、休憩所、ビジネスセンター(Stress Zone)がある‘チュドンジェ’、食堂、会議室がある‘チュナジェ’、瞑想やヨガなど多様なアクティビティを体験できる‘ユルトゥ(Yurt)’という名前がそれぞれついた施設があります。また、外には松の木道や日の出道、仙女の道など全部で8つの多様なトレッキングコースもあり、特に夕日がきれいに見える落照台はソンマウルで最も景色が美しい場所です。 ソンマウルステイプログラムとしてはヨガ、瞑想、運動等に参加できるプログラムや、正しい生活習慣の自己管理を手助けしてくれるプログラム、夫婦やカップルで一緒に参加できるプログラム、頭脳開発法など親子で一緒に学ぶ集中力向上プログラムなどがあります。

太白市外バスターミナル
 
江原道(太白市) ,
太白市は環東海圏域(ロシア、中国、日本)の国際的な高原観光都市として北側と東側は三陟市、西側は旌善郡、寧越郡、南側は慶尚北道の奉化郡と接した高原盆地型都市として隣接都市が勢力圏に含まれています。道路は嶺東及び中央高速道路とつながる国道31, 35, 38号線を通じて移動が可能で、鉄道は嶺東、太白線が連結されました。 白頭大幹の中枢である太白山脈の母山、太白山があり南半島の給水源である漢江、洛東江の水源でもあります。海抜1,567mの太白山から分かれた太白山、嶺東山岳の峡谷地帯は漢江、洛東江、五十川の3つの川が始まる場所です。太白は昼と夜の気温差がはげしく夏も日没後はひんやりしているため蚊がおらず、高山地域特有の気候条件により一年を通して過ごしやすく観光、休養、運動に最適です。

剛泉寺
 
全羅北道(淳昌郡 ) ,
剛泉山郡立公園の入口から1.8kmの地点に位置する剛泉寺は、新羅の真聖女王元年(887年)に道詵国師により創建されました。その後、繁栄し高麗の忠粛王3年(1316年)に徳賢禅師が増築をし、五層の石塔を建て、一時は12の庵子と1,000万人もの僧侶たちがここにいたとされています。 しかし、壬辰倭乱(文禄・慶長の役)の時に石塔のみ残り、あとは皆焼失してしまいました。宣祖37年(1604年)に逍遙大師が再建しましたが、韓国戦争(朝鮮戦争)の際に再び焼失してしまい、1959年に今の姿に復元されました。 忠信里石長栍、南溪里石長栍、淳昌客舎、淳化里三層石塔などの文化財があり、周辺の観光地には金城山城、龍沼瀑布、剛泉湖、潭陽湖、秋月山、内蔵山郡立公園などがあります。

花石亭
 
京畿道(坡州市 )
花石亭は元々高麗末の儒学者であった吉再が、官職をやめて郷里に帰り後学を養成した所でしたが彼の死後、彼を追慕する意味を込めて建てられた書院です。その後、手付かずのまま一時廃墟になりましたが康平公 李明晨が世宗25年(1443年)に東屋を建て、1478年に李宜碩が修理し李叔咸が花石亭と命名した由緒正しい場所と言われています。花石亭の周辺にはケヤキの木が鬱蒼と生え、その下を流れる臨津江には朝夕船が通ったり、夜には漁業する灯火が美しかったと言われていますが、現在は臨津江に鉄格子があるため遮っており、今も残るケヤキだけが当時の様子を寂しげに物語っています。

秋史古宅
 
忠清南道(礼山郡 ) ,
朝鮮時代末期の代表的な実学者であり、書道家でもある秋史・金正喜先生の生家である秋史古宅は、秋史の祖父の父である金漢藎が建てたといわれています。秋史古宅の敷地面積は266.11m²(80.5坪)で、建物は正門脇の棟、鉤形の居間棟、ロの字型の母屋、秋史先生の姿の描かれた掛け軸のある祠堂があります。居間棟には南側に1間、東側に2間のオンドル部屋があり、その他にも広い板の間や縁側があります。母屋には6間の板の間と2間の幅がある奥の間、板の間を挟んで奥の間の向かいにも部屋があります。他にも秋史先生の墓や、金漢藎とその夫人・和順翁主の合葬墓、和順翁主烈女門(紅門)があります。また秋史古宅から北に600mほど行くと天然記念物第106号の白松が生えています。中国北部地方が原産地で、韓国に数本しか生えていない希少種です。礼山の白松は、秋史先生が25歳のとき、清の燕京から帰国する際に白松の種を筆軸の中に入れて持ち帰り、祖父の祖父にあたる金興慶の墓の入口に植えたもので、元々は下から50cmほどのところから新しい幹が育っていましたが、西側と中央の二つの幹が折れ、東側の幹だけが残っています。1980年に幹の傷んだ部分は補修され、その後は徹底して保護・管理されています。

楽安民俗自然休養林
 
全羅南道(順天市 ) ,
全羅線と慶全線が交差し南海高速道路と湖南高速道路が通る交通の重要地域で、交通の便が良く楽安邑城民俗村から約2kmのところに位置しています。楽安邑城や周りの景観も美しく一休みするのに最適であるだけでなく、近くに松廣寺や仙巖寺など伝統古寺と西山の夕焼けを同時に楽しめる住岩湖、上沙湖があったり数千もの葦が美しい海辺、そして楽安邑城民俗村で行われる文化祭りなど、観光名所も多く一年を通して楽しめる休養地です。楽安民俗自然休養林は順天~楽安間の地方道沿いに位置した、小規模ながらも落ち着いた一般家庭の庭園のような雰囲気が漂う国立自然休養林で理想的な地理的条件を満たしており、左右には金錢山(667.9m)、五峰山(591m)という2つの大きな山に囲まれ、雨がたくさん降った日には金錢山の麓にある休養林の隠れた秘境であるチョニョの滝が絶壁の間を力強く流れる光景が美しい景観をつくります。また、順天地域の民族祭である楽安民俗文化祭り(4月末~5月初め)と南道飲食祭(10月)が休養林に近い楽安邑城民俗村で毎年開かれ、近隣の麗水市ではチンダルレ祭りや亀船祭りが4月から5月の間に、そして寶城郡では茶香祭や日林山ツツジ祭りが5月にそれぞれ開かれます。休養林内にある森の中の家(40,000ウォン~70,000ウォン)、休養館(32,000ウォン~85,000ウォン)、野営デッキ(4,000ウォン)などの利用をご希望の方は、前月1日に先着予約となっています。+82-61-754-4400 (韓国語)