太平踊専修館
 
京畿道(安城市)
 太平踊(テピョンム)専修館は伝統舞踊に人生をかけてきたカン・ソニョン氏によって、伝統文化に関する正しい伝承と保存を目的につくられた文化空間です。才能のある踊り手たちの発掘と養成、開放化された舞台を提供するため、1998年に彼の地元である安城に自らの財産を費やし完成されました。 太平踊 (重要無形文化財 第92号)  太平踊は国の平安と太平の御世を称える思いを踊りで表現した宮中舞踊で、京畿道のムーダンが行う祭祀のなかで行われた巫俗音楽と巫俗踊りを1900年代の名舞踊家であったハン・ソンジュンが再構成し、華麗で雄大な衣装とともに神業とも言える体使いに足の動きが引き立って見えるのが大きな特徴です。  太平踊専修館では、舞踊芸術の底辺拡大と伝統芸術の正しい教育のため全国の舞踊家たちを対象にした太平踊の講習会や、毎週行われる「土曜伝統舞踊常設舞台」を通して観光客や市民を対象に韓国の伝統芸術の大衆化を図っています。また、韓国固有の踊りを保存し、優れた人材の発掘のための「伝統舞踊競演大会」も毎年開催しています。

高敞申在孝古宅
 
全羅北道(高敞郡 ) ,
パンソリの集大成、国文学史に関して優れた功績を残した桐里申在孝(1812~1884)の古宅です。パンソリ博物館のすぐ後ろにあり、裏庭は桐里国楽団(桐里は申在孝の号)と牟陽城(倭寇の侵入に備え、1453年に建てられた自然石の城郭。別名高敞邑城)に当たります。重要民俗資料第39号に指定されている申在孝の古宅は1850年頃に建てられ、現在全面5間、側面2間の規模となっておりサランチェと桐の木、井戸などが残っています。

恋人山道立公園
 
京畿道(加平郡)
恋人山は龍湫の滝の源泉でもあり、海抜1,068メートルの柔らかな土からなる美しい山です。この山に登ってお願いをすると、恋が叶うと言われています。 恋人山は肥沃な土でできているため、たくさんの木や花が育ち、春には様々な野生の花が咲きます。この恋人山や明智山、清渓山、鬼木峰からなる地域は、キャンプや炊事などが禁止されている場所で、汚染もなく綺麗なところです。これらすべてが1,000メートルを越える山々で、道馬峰から雲岳山までの連なりが美しいところです。その中に恋人山道立公園があります。 春前線とともに、5月の下旬頃に咲き乱れるクロフネツツジは、恋人山を代表する景観の一つです。毎年5月下旬になると、加平郡では「恋人山祭り」が開かれます。 恋人山の主な登山コースには柏屯里(地名)から登るコース、馬日里から登るコース、龍湫渓谷に沿って登るコース(12キロ)の3つがあります。春にはクロフネツツジ、秋には紅葉で色づく美しい景色の中で、静かで落ち着いた登山を楽しむことができます。

コレブル海水浴場
 
慶尚北道(盈徳郡 ) ,
「コレブル海水浴場(コレブルヘスヨクチャン)」は、盈徳から北側に24キロメートルを中心とした寧海面の大津海水浴場に近い海水浴場で、鬱蒼とした松林に囲まれています。黄金色の砂粒は大きく、体につかないため、昔からここで砂風呂をすると心臓や循環器系の疾患に効果があるといわれています。砂浜が8キロメートルにもなることから、大津海水浴場とともに東海の名所20里と呼ばれています。長く白い砂浜、浅い水深、きれいなエメラルド色の海、鬱蒼とした松林がつくる涼しい日陰は、家族で楽しむ避暑地として最適です。また、海水浴場内には、シャワー室、トイレ、給水場、売店、駐車場などの便利な施設も揃っています。

注文津南涯港
 
江原道(襄陽郡) ,
南涯(ナメ)港は注文津から北に6kmほど行ったところに位置しており、港の周辺には梅湖(メホ)という潟湖と南涯海水浴場があります。南涯港には防波堤や灯台があり、美しい日の出が見られるスポットとしてよく知られています。    

長子湖公園
 
京畿道(九里市) ,
「長子湖公園(長子湖水公園/チャンジャホスゴンウォン)」は、九里市が長子湖の水質を改善するとともに造られた公園です。以前は汚水・排水による悪臭が漂っていましたが、散策路を設けた河川の土手に樹木を植えるなど、自然と共存する生態環境を整えた結果、2005年2月環境部から「自然生態復元優秀事例」地域に指定されました。 約3万2千坪に3.6キロメートルの散策路があり、軽く運動をしたり、お出かけを楽しむ人々が多く訪れる他、週末には野外ステージで各種音楽会、展示会などが開かれ、住民の憩いの空間として広く活用されています。

道高温泉駅
 
忠清南道(牙山市 ) ,
道高温泉駅は1922年6月15日に営業を開始し、2007年に現在の位置に移転しました。

谷城檀君殿
 
全羅南道(谷城郡 ) ,
韓国の始祖として知られる檀君は、天帝である桓因の孫で、桓雄の息子です。桓雄は、人間になりたいと哀願するクマとトラにニンニクとヨモギを与え、「100日日光を避ければ人間になれる」と言ったといいます。トラは耐えられず人間になれませんでしたが、クマは100日耐え、人間の女性となりました。こうして女性となったクマと桓雄のあいだに産まれたのが壇君王倹だという神話があります。 「谷城檀君殿(コクソンタングンジョン)」は韓国の始祖・檀君王倹の遺影を奉安した祠堂で、3・1運動当時、谷城で万歳運動を主導した白堂・申泰允が後学の民族意識を鼓吹するために建立したものです。日帝統治下にあっても開天節に国民がここに集まって祭祀を執り行ない、国の独立を祈ったといいます。 境内には3・1運動記念碑や白堂記念館もあります。また、毎年10月3日開天節と3月15日御天節には祭祀が行われています。

台風展望台
 
京畿道(漣川郡) ,
「台風展望台(テプンジョンマンデ)」はソウルから約65キロメートル、平壌から約140キロメートル離れた漣川郡中面ピキ山の最高峰スリ峰にある韓国軍の展望台で1991年12月3日に陸軍の台風部隊で開館しました。初めは軍事境界線から2キロメートル地点に南方限界線と北方限界線が設定されていましたが、1968年に北韓(北朝鮮)が休戦線の近くに鉄柵を設置したため、韓国側も1978年に部分的に鉄柵を設置しました。台風展望台は休戦線まで800メートル、北韓の哨所までは1,600メートルの距離にあり、155マイルの休戦線上、北韓と最も近い展望台として有名です。また、台風展望台には、国軍将兵が宗教集会などを行うための宗教施設がある他、北側が故郷の失郷民の望郷碑や戦跡碑などが建てられている他、展示館には北韓の生活必需品や日用品、武装スパイの装備などが展示されています。